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映画「愛を歌う花」が素晴らしすぎて震える!2度目の鑑賞行ってきた/その1

映画「愛を歌う花」素晴らしい作品でした!!

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今年2017年最初に観た韓国映画がのっけからしてこんなに忘れがたき秀逸作品なんて幸せすぎる、大大大満足です♪♪1月2月と、2回映画館に足を運んで堪能してきました!

 

1回目の鑑賞はそのあまりの秀逸作品ぶりに、対して私の方が勉強不足だったところがあり・・・そこで早速、時代背景や朝鮮音楽史の流れなど、気になった事を自分なりにお勉強。2度目の鑑賞でもう一度確かめながら観たい点などをまとめてから再び映画館へ。お陰で2回目は全体像を把握しながら観ることが出来たので、改めて深く深くこの映画の世界観を味わいながら観ることができました。

 

まずはこの映画の翻訳は、有志で集まった神田外国語大学アジア言語学科韓国語専攻の学生さんと卒業生、計25名の方とのこと。こちらの大学では日頃から映画などの字幕翻訳に関する「韓国語映像翻訳法」という珍しい授業を行っているのだそうですが、そこで学んだルールや訳出の仕方に注意しながら、大学のコンピューター室にある字幕制作ソフトを使用して字幕の初稿を完成させたそうです。本当にいい仕事をされましたね、どうもありがとう!翻訳の分かり易さが更にこの映画の魅力を引き立てていると2度目の鑑賞で実感しました。お疲れさまでした^^

 

韓国版ポスターはこんなかんじ。

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日本版のポスターの方が思わず観てみたくなるような華やかな印象を与えていると思いますが、それにしても前情報だけではどんな内容の映画なのかあまりピンときていないかった私。ここにも何度か書いてましたが、キャスティングの相性は良さそうだというイメージが先行して関心をもっていました。蓋を開けてみると「華」も「憐憫の情」もどちらも併せ持つ内容なので、改めて眺めてみるとどちらのポスターにもそれぞれの良さがあるかも。

 

ということで以下2/7追記。思いつくままですが

まずはいけるとこまで一気に鑑賞メモいきます!

 

●この映画のティーザーをKスタさんの記事から観たのはちょうど1年前くらい。当初はまだ邦題がついていなかったので「解語花(ヘオファ)」という韓国語タイトルで紹介されていて【1943年の悲運の時代、トップ歌手を夢見ていた最後の妓生の運命物語】と把握してましたが、まー実際に観てみて内容はまさにそのとおりなんだけど、この一文を物語にしてみると実に奥深いこと奥深いこと!

 

●「わたしたち、ずっと最高の妓生でいよう」そんな約束を交わしていた主人公のソユル(ハン・ヒョジュ)と親友のユニ(チョン・ウヒ)。京城唯一の妓生学校で育ち、優れた歌唱力で同期の中でもトップクラスだったこの2人が、やがて時代の変化と共に大衆歌謡の歌手になる夢を抱き始めることから運命の歯車が狂い出す・・・

 

●映画は、ある工事現場から戦時中の発売されなかった「幻のレコード」が掘り起こされたシーン、続いて1943年のある暖かい日に何も知らずに向き合って笑う二人の少女を映し出しソユルの「ヨニ、運命はどうして私たちを出会わせたんだろう」という台詞で始まる。そしてこの<向き合って笑う二人の少女>の画を最後の年老いたソユルが回想するシーンでも使うのです、深いー。

 

●ちょっとここで押えておきたいキーワード

妓生(キーセン):朝鮮時代の芸者
京城(キョンソン):ソウルの旧称
券番:日本統治時代の妓生組合

 

ハン・ヒョジュちゃんが役作りにあたり自分で調べたという【妓生学校と券番のこと】が何気に詳しい↓

news.kstyle.com

日本語、踊り、歌、楽器、体力鍛練はもちろん、詩を読む授業もあり4年間カリキュラムはびっしりで試験もあり、落ちた人は出て行かなければいけない厳しい養成所だったようです。

 

●朝鮮総督府と警務局・警務局長
朝鮮総督府とは1910年(明治43年)の韓国併合によって大日本帝国領となった朝鮮を統治するため、同年9月30日に設置された官庁。庁舎は京畿道京城府(現在の大韓民国ソウル特別市)の景福宮敷地内に設置され、朝鮮人職員も多数抱えていたが枢要なポストはほぼ日本人が握っていた。

↑このページの中に記載のある<1943年(昭和18年)12月時点での朝鮮総督府>は

総督官房
財務局
農商局
鉱工局
法務局
学務局
警務局 ⇒ 劇中の「平田清」はここのボスだったということ

 

ところで、1回目に鑑賞した際「平田清」は実在の人物だったのか?妙に気になって調べてみたんだけど、1943年前後の『朝鮮総督府警務局総長』の名前は「三橋孝一郎さん」「丹下郁太郎さん」「西広忠雄さん」とか、違う名前でした!「平田清」はあくまでも物語上の仮名と判明。

 

 ●【悲運の時代】そもそもこの【悲運】って、何が悲運なの?

1.社会背景から見た悲運

太平洋戦争で日本が敗戦、それに伴い日本の統治下から朝鮮が独立するのが1945年。1943年はその直前の2年前ということになり、1910年から続いてきた日本統治時代の中でも、最も終盤にあたる時代。

劇中には日本が終戦を迎え、瞬間に「やったー!解放されたー!」と民衆が喜び、それと同時にソユルが男の子に「あいつ朝鮮総督府警務局総長の女だったんだぜ」と指を指され、身の危険を感じたソユルが慌てて逃げるシーンがありました。

これは日本政府関係者に従事した人・組織などが、あの解放の瞬間にそれまで抑えていた民衆からの怒りを一気に向けられた様子が描かれていたと思うのですが、戦下で押さえつけられていた心や日本統治社会で抑えつけられていた心といった『民心』というものをよく表していた場面だったかなと私は捉えました。

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逃げながらも後ろを振り返り、自分が育った妓生学校が崩れゆく様子を呆然と見ているソユルのこのシーンは単独ポスターに採用されてるね。

 

2.朝鮮音楽史の背景からみた悲運

完結に書いてくださっているサイトさんがないかなと検索してみたところ、こちらの方のページがとても分かりやすかったのでリンクさせていただきます。

blogs.yahoo.co.jp

このページを参考にさせていただくと、大衆歌謡が盛り上がりをみせる1940年台までのおおまかな流れはこんなかんじ。

<韓国伝統音楽>

朝鮮半島文化は、祭祀に歌舞音曲を用いており、それは3000年近い歴史を有する。⇒この部分、あとで妓生の歴史のところで掘り下げます

 

<1800年~1900年初頭>

19世紀末(1800年台末)はキリスト教の上陸によって西洋の音楽要素が流入し、讃美歌の伝播に伴う西洋音階が民間に広まった。

20世紀初頭(1900年台初頭)には、そうした西洋的旋律を取り入れた唱歌・愛国歌が歌われるようになり、民族精神と独立思想を現す作品が数多く作られたが、1910年の日本植民地支配により、愛国歌は統制され、歌うものは弾圧・投獄されるようになる。

 

<日韓統治時代>

そしてこの時代に入ると日本の演劇が多数紹介されるようになり、その主題歌が朝鮮語に翻訳されて民間に広く歌われるようになる。1926年には映画「アリラン」がヒットし、同時に民謡「アリラン」が朝鮮全土に普及。また、1928年にビクターが、1929年にコロムビアが京城に支店を開いたのを契機に大衆歌謡は急速にレコードとラジオによって普及していく。1940年代に入ると朝鮮の民族意識がさらに抑圧され、日本語で歌う曲が多くなる。

 

●正歌と妓生史

分かりやすい資料を提示してくれているページをみつけました。

韓国音楽の分類

伝統音楽は「正楽」と「民俗音楽」の二つに分類される。この分類法は音楽を享受してきた人々の階級に従ったもので、「正楽」は宮中や両班(高麗・朝鮮時代の世襲的な地位を持つ支配階級の人々 )たちが楽しんだ音楽であり、民俗音楽は一般庶民が楽しんだ音楽である

 

このページにある表でいうとソユル・ユニが幼いころから取り組んでいた「正歌」というのは、伝統音楽→正楽→風流音楽→声楽(歌曲・歌詞・時調)=「正歌」

正楽の中のでも最も正楽たるものが「正歌」であり、最も【庶民が楽しむ音楽】からは遠い部類だったことが分かります。

 

この映画の主人公たちが『最後の妓生』だというのは、映画を観ていてもよく分かるのだけど、そもそも妓生の文化っていつからだ?ということも知りたくなりました。

妓生 - Wikipedia

✔元来は李氏朝鮮時代以前の朝鮮半島に於いて、諸外国からの使者や高官の歓待や宮中内の宴会などで楽技を披露したりした。高麗から李氏朝鮮末期までの約1000年間は、常に2万~3万名の妓生がいた

✔李氏朝鮮時代の妓生は高麗女楽がルーツ。一般的に、妓生は両班を相手とするため、歌舞音曲・学問・詩歌・鍼灸などに通じている必要があった。また、華麗な衣服や豪華な装飾品の着用が許され、他国の高級娼婦と同様に服飾の流行を先導する役目もした。

 

という流れがあり、これを踏まえてこのページの中の『妓生制の崩壊と近代公娼制への移行』という項目、特に『日本統治下の公娼制』以下『妓生と芸者』というあたりの記載部分はこの映画の背景を読み解く上でもちょっと参考になるかもしれません。

やはりこの映画の時代は社会的な背景と絡まって<妓生・芸者・慰安婦>の線引きが、当の本人達でさえも意識して立ち回らないと望まない方向引きずり込まれてしまうくらいのグレーゾーンであったということが想像できます。

 

●ここまでバックグラウンドが理解できると、やっと韓国語タイトルでもある「解語花」という言葉を改めて棚卸する必要があるのですが・・・解語花とは=【言葉が分かる花】という意味合いがあり、直接的に妓生や芸人のことを指します。

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妓生学校の先生でもあるソユルの母サンウォル(チャン・ヨンナム)は「ただ歌って踊る芸者になるのではなく、言葉の意味を深く理解し、それを芸に活かせるような高い知識を持った芸者になりなさい。それが真の妓生なのだ」と伝えているシーンがあるのですがその一連のセリフの最後に「どうせなら高嶺の花で咲きなさい」という締めのメッセージがありましたね、すごく印象的に残っている言葉です。

 

●というのも、一方で「折られるからこそ花なのだ」なんて言っちゃって、娘ソユルを平田に売り飛ばす場面がのちに出てくるワケです。貴高い妓生を志していた娘ソユルのほうがむしろ折れない意思を貫き「私が捧げられるのは歌だけです、それ以外にはありません」と丁重に平田にお断りするシーンがあるのですが、あの時のサンウォルは既にこの時流の中で妓生が生き残るには、慰安婦の役目も念頭にいれた方向で舵を切るしかないという現実も見えていたのでしょうね

 

●ここまでのことをもう一度まとめると、まず社会背景と音楽文化は連動しているということ。よって時代の移り変わりと共に人々の音楽に対するニーズも当然変化があり、その変化の過渡期をこの映画が切り取っているという点です。映画「愛を歌う花」は主人公の女の子が最後の妓生として愛と運命に翻弄された物語で間違いないけど、この『最後の妓生』に含まれる意味合いは広義で、一人の女の子の一生涯だけを指すものではなく、両班が楽しむための音楽から(妓生文化)戦時下・統治下で心乾いた庶民を癒す音楽が求められる時代へ(大衆歌謡文化)と、社会の中で音楽に対するニーズそのものの変化が起こり、妓生文化の終焉に繋がったという背景を映し出すことも含まれるということ。

 

長くなったので一旦ここまで、続きは実際の1940年台の流行歌を劇中の歌のシーンと照らし合わせながらクローズアップしてみたいと思います!

↓↓↓

www.joy-dorama.com

 

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